5月の句集より(1)
『大森海岸』 大牧広 角川書店刊
老人と仲良しの山眠りけり
冷奴崩れ崩れし世の隅に
原発の壊れて粛々梅雨に入る
北窓をときどきひらく処世術
これよりは生き競べなり春夕焼
自らを老人と諧謔味あふれる俳句に詠みながら、その芯には、自己と他者を見つめる真摯なまなざしがある。「港」主宰で、俳人九条の会の発起人のひとりでもある氏のメッセージ性は強い。自分と今の社会の関わりを問われる思いがした。
『白雁』 岩淵喜代子 角川書店刊
箱庭と空を同じくしてゐたり
盆踊り人に生まれて手を叩く
着水の雁一羽づつ闇になる
綾取りのあとは何して生きめやも
花ミモザ地上の船は錆こぼす
一頁に一句と二句組が混じるレイアウトの斬新さに目を見張る。「等身大の自分を後追いするのではなく、今の自分を抜け出すための句集作り」のあとがきに詩情によって浮遊するかのような世界を醸しつつ、また地上へと還ってくる感覚が諾える。「ににん」代表。
『句のある風景』 東京四季出版刊
郵袋の賀状を島へ放り投ぐ 鳥井保和
引く波を力に入れて土用浪 同
命中の鴨の羽毛のおくれ落つ 同
吃水に昆布躍らせ船戻る 同
海へ石投げては岬を耕せり 同
20人のアンソロジーによる句集である。鳥井保和氏は、山口誓子門で「星雲」主宰。その躍動感あふれる写生句には、他の追随を許さない雄々しさが漲っている。
『星の呼吸』 佐藤郁良 ふらんす堂刊
砂嘴ひとつ海より生るる初景色
大干潟一歩一歩を消しに行く
祭髪父を離れて坐りけり
偏愛の果てのホワイトアスパラガス
風景のやうに茶を飲む生身魂
坦々として詩的である。どこにでもある風景が氏によって切りとられた瞬間から、独自性を帯びる不思議な言語感覚がある。これからの俳句が詩的であるためには、比喩によらなければ表現できなくなっていくのだろうか。ふとそんなことを思う。「銀花」副編集長。
俳人協会新人賞受賞後の第二句集。
『永遠が咲いて』現代俳句協会コレクション1 鳴戸奈菜 現代俳句協会刊
玉手箱そろそろ開けよう耕衣の忌
埒外の人ゆえ春はおままごと
気が遠くなるたんぽぽのたんぽぽで
秋思あるいは愁死それが何か
秋の蛇おのれの始末これからは
俳句がフィクションで詩であることが、端的に表れている。若い世代はおさまりかえった枯淡のかたちを目指すのに、氏のもつ言葉のエネルギーは逆に衰えることを知らない。
同人誌「らん」発行人。50句ずつの多作による作品群には、俳句同士に微妙な響き合いがあり、一句独立してではなく、そのかたまりとして味わいたいと思った。
『かもめ』 山中多美子 本阿弥書店刊
てふてふを見しは瀑布の音のなか
行く舟の小さくなりぬ葭屏風
かたはらを鶏走りたる落葉籠
西行谷花びらほどの雪がふり
観音の指ひらかれて冬の蝶
言葉に静謐な気品があるとはこういうことだろう。古典にも精通し、一句の世界はあくまで端正で美しい。宇佐美魚目に師事し、現在は「晨」「琉」「円座」同人。『かもめ』の題に、私はチェホフを意識したが、氏の句風には揺らぎのない日本画の透徹した美が感じられる。第二句集。
箱庭と空を同じくしてゐたり 岩淵喜代子
返信削除すばらしい。しびれます。
俳句が詩であることに気づかされます。俳句は俳句的にまとまってしまってよいのかと考えさせられます。 千晶
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